2009年04月29日

「過去のない男」「街のあかり」

96年の「浮き雲」に続いて「過去のない男」(2002)「街のあかり」(2006)で3部作という位置づけらしい。共通の主題としては、孤独な人間、敗者の生き様といったところ。

しかし「浮き雲」「過去のない男」の、少なからず希望のこめられた作風に比べると3部作を締めくくる「街のあかり」のトーンは突出して暗い。宝石強盗に濡れ衣を着せられ人生が狂っていくまま、挽回するチャンスすら与えられないあまりの悲惨さは、見ていてかなりのフラストレーションを生じさせる。上映時間が80分と短いのと、主人公の途方もない絶望オーラを多少ともかき消してくれるソーセージ屋の娘の存在だけが救いの種だった。

もちろん、ハッピーエンドを迎えられない人生は無数にあるわけで、「浮き雲」「過去のない男」の後であえて現実の不条理な厳しさに打ちのめされる作品を持ってきたところは、カウリスマキの自分と映画に対する妥協しない姿勢が伝わってきて評価したい。

それにしても、台詞を使わず役者に顔と仕草で語らせる演出の手腕には舌を巻く。「街のあかり」ではこの監督にしては珍しい、まなざしをとらえた極端なクロースアップがあったが、普段ほとんど使わないだけに驚くべき効果を挙げていた。



posted by onion_slice at 17:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ
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