2006年07月08日

アワー・ミュージック(2004,フランス)

ダンテを下敷きにしながらも、ゴダールのいつもの換骨奪胎の手法でまったく新しい作品に仕上がっている現代の「神曲」だ。

「地獄編」の10分に渡る戦争映像フッテージの静謐さは、爆撃音だらけのハリウッドの戦争大作が伝える騒々しいだけのフィクションの対極にある。

「煉獄編」では、文字通り天国と地獄の間をさまよう魂の苦悩が描かれる。女主人公オルガが抱える自殺という命題と、映画学校に講演にきたゴダールの言葉が語る民族浄化の罪。サラエボにもヒロシマにも見える1865年のリッチモンドの写真を学生たちに見せながら彼が語る、勝者によってつくられる歴史と敗者によってつくられるドキュメンタリーについての思想と、そこから導きだされる「映画は私たちの闇を照らす光である」というテーゼには、近年のゴダール作品の総決算的なエッセンスが凝縮されている。

最後の「天国編」では、オルガが死後踏み入れる天国の入り口がアメリカ兵によって警備されているというゴダール以外に誰も考えつくことのできないユーモアで意表をつかれる。

「フォーエバー・モーツァルト」以後のゴダール作品を見てなかったけど、相変わらず衰えてない。「天国編」のパンとか、廃屋っぽいところで白人の物書きの前に現れるインディアンのシーンとか、すごい。彼が一見無造作にちりばめる文学、政治、哲学思想、音楽の引用的要素も、彼の映画という建築を構成する煉瓦のように自然かつ有機的に機能していて、ただの知的ペダンには100年かかっても真似できない達観したレベルに到達してるように思う。こうした孤高な高貴さを備えた映画を見ると、普段見てる商業映画の数々がどうでもよくなり記憶の彼方に吹き飛ばされてしまいますね(まあ、結局好きだから見るけど)。

出演はナード・デュー、サラ・アドラー等。

posted by onion_slice at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ
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