2010年03月07日

石の微笑

監督クロード・シャブロル、出演ブノワ・マジメル、ローラ・スメット。
2004年フランス=ドイツ。原作はルース・レンデル。

互いの愛の深さを証明するために人を殺す。70超えてまだこんなの撮ってるのかよ、シャブロル、という感じで見始めたが、衰えない不思議な演出の魔力に引き込まれ最後まで堪能できた。

センタ(主役の女)の異常性を徐々に暴露し嫌悪感を抱かせつつも、彼女のなかにある過剰な愛の荒々しさ・崇高さが、ブノワ・マジメルと一緒に観ている者まで縛り付ける。結婚式での最初の登場シーンでは、正直ヒロインとしてぱっとしなくて、フィリップの妹パトリシアにばかり目がいっていたが、段々センタの危ないエロスに魅せられていく磁場のような作用が働いているように思う。さすがサスペンスと愛の巨匠。


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2009年07月12日

やわらかい手

監督サム・ガルバルスキ、出演マリアンヌ・フェイスフル、2007年イギリス他、原題"Irina Palm"。

難病の孫にオーストラリアで手術を受けさせるべく、風俗店で働くことを決意する50代女性を描く。

この風俗店は、壁の穴にペニスを入れて女性従業員がハンドサービス("wank"という表現をしてたな)を行うもの。作中で「日本式」と言及されているように、確かに日本にかつてこの手のサービスがあったようで、興味のあるエロい人は「ラッキーホール」で検索してみてください(客が頭上の鉄棒を握るところまでそのまんま丸パクリ)

映画としては、まあこんなもんか、という感じ。難病の家族のため性産業に入る女性・・・という話の出だしだけで、脚本の95パーセントまで読めてしまい、あのマリアンヌ・フェイスフルがテコキを・・という最初の驚きを通り越してしまえばもうサプライズはない。予定調和という言葉のお手本のようなストーリーだった。

退屈な作品ではあったけど、昨日見た「南へ向かう女たち」よりは面白かったかな。こっちも偶然、中高年女性の性へのコミットを描いた作品だったが、抽象的なテーマのオブラードでくるんで焦点ボケしているように思えた。
こっちはもっと即物的というか、マリアンヌ演じるおばさんが最初は嫌悪を感じつつも、正しい目的のためにやったことだし、汚れた仕事でもなんでもない、自分の行動に間違いはないと認めていく過程がはっきり描かれていて分かりやすいと思う。

変に家族の絆の修復のようなうさんくさいテーマに走らないのは評価したい。

それにしても昔のマリアンヌ・フェイスフルのストーンズと組んでる映像をYouTubeで見てると、、時の流れを実感しますね。。ちょっと年取ったマリアンヌが大山のぶ代に見えなくもない。


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2009年07月11日

南へ向かう女たち

監督ローラン・カンテ、出演シャーロット・ランプリング、カレン・ヤング、2005年フランス。

2008年のカンヌで"Entre les murs(The Class)"がパルムドールを受賞した監督の作品。CSで見ましたがDVD化はされてないようです。"The Class"もいまだに国内で配給されてないと思うんだけど、毎度ながらこの配給の遅さって何なんでしょう。ハリウッドの話題作以外はことごとく遅い。リージョン1DVDかBlu-Ray輸入して見る方がよほど世界の映画事情についていける。

前置きが長くなったが本作の出来は残念ながらいまひとつ。

70年代のハイチを舞台に、フランスと北米から来た3人の中年女性が若い黒人男性レグバに夢中になるストーリー。3人のうち一人はあまり台詞も与えられない脇役というか小道具的な役回りなので、実質シャーロット・ランプリング(エレン)とカレン・ヤング(ブレンダ)の2人が主役である。

エレンはレグバをみんなでシェアしようというオープンな性格なのだが、ブレンダはレグバと1対1のロマンスを楽しみたくて恋人気取りになり、二人の女の間に確執が芽生えていく。

正直なところ、アラフィフだかアラカンだかの中高年女性が観光地で黒人青年を奪い合うという見苦しい構図に最後までなじめないきっつい×2映画だった。

この手の映画は、欲望漲るおばはん同士の対決がエスカレートしてアウトオブコントロールになっていくべたな展開にして、いい年こいた大人になっても醜い欲を捨て去れない人たちの浅ましさを滑稽に描いたシニカル路線でいけば多少は見れるかなとも思うのだけど、本作は、老いに直面する中高年女性の自己と性への葛藤というテーマでこぎれいにまとめようとしすぎて滑っている印象を受ける。

まあ、テーマ選定からして私のテイストに合わないのでなんとも評価しがたい。嫌いな食べ物については一口でまずいとしか感じないので、料理として質が良いのか悪いかジャッジできないのと似ている。

ということで、ローラン・カンテ作品のファンになれるかどうかは"The Class"を見てから考えたい。
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2009年07月09日

プライドと偏見

監督ジョー・ライト、出演キーラ・ナイトレイ、ドナルド・サザーランド、2005年、英仏。

同監督の「つぐない」ほどドラマチックな仕掛けがあるわけではなく、原作は19世紀古典だけあって構成はしっかりしているものの筋書きだけ追っているとかなりの欠伸ものなのだが、シネマトグラフィがとにかく素晴らしい。
物語は適当に受け流しつつ映像だけに集中して見る、という贅沢な鑑賞に浸ることができる。

1個1個のショットのライティングと構図が緻密かつ的確で、写真撮る人にはかなり勉強になることと思う。かつ、映画ならではのダイナミズム、時間と空間の遷移を巧く使った手法もふんだんに盛り込まれていて、特に素晴らしいのはオープニングの移動撮影と、中盤でMr.ダーシーがリジーに手紙を渡しに来るシーンだ(時間の大胆な早回しと前景・後景を利用したフォーカシングのコントロール)。OPの移動撮影は「つぐない」のノルマンディでのショットでも似たようなのがあったけど、この人こういうの好きなんですねえ。私もこの手のトリッキーなの好きです。

そんなわけで物語的にはまじめに見てなかったんだけど、あの恋愛のなかなか進展しないスロー具合がよい。身分の違う女性に歩み寄れない昔の英国貴族の、自己への誇りからくる高貴かつ孤高の高みにある葛藤が、私の頭でも1ミクロンぐらい理解できた気がした。

邦題が「高慢と偏見」でなく「プライドと偏見」になっているのも重要なポイントだろう。確かに、「高慢」は定着した邦題とはいえ、ちょっと違和感を覚えないでもない。


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2009年05月29日

ロゼッタ

監督:ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ、主演エミリー・ドゥケンヌ、オリヴィエ・グルメ他。1999年、フランス・ベルギー。

貧困のきわみに置かれている悲惨な少女の絶望を、無駄な虚飾を省いて非常にストイックに撮っている。ひたすら不安定なカメラワークといい、「ドイツ零年」を思わせる独特なレアリズム描写だ。
最後の自殺の試みの描き方が、間接的な表現で一見わかりづらいが、単に見ている人にショックを与えるのではなく、少女の心理と行動について多用な解釈を生じさせる効果を与えるよう巧く練られている。

見ている最中よりも後からじわじわと効いてくるタイプの映画。


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2009年05月10日

ランジェ公爵夫人

監督ジャック・リヴェット、出演ギョーム・ドパルデュー、ジャンヌ・バリバール。原題"Ne touchez pas la hache"(2007)

マヨルカ島で出会う修道女とナポレオン配下の将軍モントリヴォーの間に何があったのか。
修道院での二人の対峙から過去に遡り、社交界の花形夫人を修道女に変えた悲恋物語が語られる。

社交界に出入りする人妻という身分の束縛から自分を解放するために許されない恋愛に手を染めるが、自分の気位を崩すことを欲さず、あくまでも戯れの恋愛ゲームを貫こうとする。が、ゲームがゲームとして続かなくなると相手への愛情で押しつぶされそうになるこの可哀想な公爵夫人。作中でミシェル・ピコリが言う身分上のルールと感情の間でバランスを取れず自己崩壊していく姿が、痛ましくも美しい。

難しい立場にある女性の微妙かつ複雑な心境を、台詞に頼らず表情や仕草だけで伝える表現の仕方は感銘を受ける。
ドパルデューも父親に引けをとらない繊細な魅力に満ちていて、亡くなったのが惜しい。

「地に堕ちた愛」等でもコンビを組んでいるウイリアム・ルプチャンスキーの撮影技術も完璧で、ここ数年のフランス映画としては個人的に最大のヒットだった。


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2009年04月29日

「過去のない男」「街のあかり」

96年の「浮き雲」に続いて「過去のない男」(2002)「街のあかり」(2006)で3部作という位置づけらしい。共通の主題としては、孤独な人間、敗者の生き様といったところ。

しかし「浮き雲」「過去のない男」の、少なからず希望のこめられた作風に比べると3部作を締めくくる「街のあかり」のトーンは突出して暗い。宝石強盗に濡れ衣を着せられ人生が狂っていくまま、挽回するチャンスすら与えられないあまりの悲惨さは、見ていてかなりのフラストレーションを生じさせる。上映時間が80分と短いのと、主人公の途方もない絶望オーラを多少ともかき消してくれるソーセージ屋の娘の存在だけが救いの種だった。

もちろん、ハッピーエンドを迎えられない人生は無数にあるわけで、「浮き雲」「過去のない男」の後であえて現実の不条理な厳しさに打ちのめされる作品を持ってきたところは、カウリスマキの自分と映画に対する妥協しない姿勢が伝わってきて評価したい。

それにしても、台詞を使わず役者に顔と仕草で語らせる演出の手腕には舌を巻く。「街のあかり」ではこの監督にしては珍しい、まなざしをとらえた極端なクロースアップがあったが、普段ほとんど使わないだけに驚くべき効果を挙げていた。



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2008年11月08日

つぐない

監督ジョー・ライト。主演ジェームズ・マカヴォイ、キーラ・ナイトレイ。

片思いを寄せる年上の青年ロビー(マカヴォイ)と姉セシリア(ナイトレイ)の仲を引き裂くために13歳の少女ブライオニーのついた嘘が、3人の人生を狂わせて行く話。

純文学系路線の作品はあくびが出るものが多いんだけど、これは非常によくできていて、この手の正統派イギリス映画としては個人的に久々のヒットだった気がする。

少女の嘘が悲劇の発端となるまでを描いた前半は、多感で想像力にあふれる13歳のブライオニーから見た大人の性の世界がとても繊細なニュアンスで語られる。

後半は場面変わって、独軍に追い詰められたダンケルクの連合軍の撤退を中心に、フランスで兵士となったロビーと、イギリスでナースをする姉妹それぞれの苦境が描かれる。

13歳のブライオニーの罪の無自覚さから、大人になり少女の頃の自分の行動を直視できるようになったブライオニーによる「つぐない」へ至る主題の移行が、戦争を契機にしてうまく描写されていると思った。さすが心理小説については比類ない伝統の蓄積を誇るイギリス。

色々感心した演出はあったが、ダンケルクの浜辺の長回し移動撮影は素晴らしい。

脚本もよいし映像、音の使い方もセンスがあり、お気に入りの一作となった。


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2008年11月03日

宮廷画家ゴヤは見た

久しぶりに外に映画を見に行った。「アマデウス」のミロシュ・フォアマン作「宮廷画家ゴヤは見た」で、特にチェックもしてなかった作品だが、先日グリーナウェイの「レンブラント」を観たこともあり、画家つながりで観てみたくなった。

ただ、あまりゴヤの作品自体にはスポットライトは当たらない。宮廷お付の画家ゴヤの眼から見た二人の男女の運命が描かれ、ゴヤは特にゴヤである必要もないと思った。この脇役さ具合から「家政婦は見た」みたいなタイトルをつけたくなるのも分かるが、もう少しよい邦題が望ましい(原題は"Goya's Ghosts")。

邦題は落第点だが、作品そのものは及第点。18世紀のスペインで異端審問所に連れられ、ユダヤ教徒であるとあらぬ疑いをかけられ監禁される少女イネスを演じるのはナタリー・ポートマン。イネスの監禁に加担する不気味な僧ロレンゾはハビエル・バルデム。てっきり、異端審問所というエロティックな空間の中で、バルデムがポートマンをサディスティックに弄ぶ耽美的な方向に持っていくのかと思ってみてたのだが、ロレンゾは教会の顔に泥を塗ったかどであっけなく追放される。そのままイネスが監禁されたまま15年が過ぎ、突然隣国フランスから革命の知らせが届いて、電撃のように審問所から囚人が解放される。そして長年の監禁で半分気がふれたイネスがゴヤの元にたどり着き、ゴヤはロレンゾを探し始める(なぜかはネタバレだから伏せます)。

後半の、革命が起きてから王政復古するまでの政治変動と絡めたドラマ部分はなかなかツイストが効いていて楽しい。
ただ、キャラクターの発展が少し中途半端というか不器用な印象を受けた。ゴヤを演じるステラン・スカルスガルドはまったく魂のこもってない人物に見えるし、宗教から革命思想へと揺れ動くロレンゾの信念がどういったものなのかもいまひとつ掴み取れない。この映画のナタリー・ポートマンはかなり可愛いんだけど、狂人役とはいえ解放されてからは単にウロウロするだけで何かもったいない。

もう少し人物描写に深みがあれば爆発的に面白い作品になったかもしれない。キャスティング自体は良いだけに惜しい。



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2008年11月02日

レンブラントの夜警

観るのに疲れそうな作品だろうと思っていたらやはり疲れる作品だった。

疲れるというのは、分かりづらい人物関係をめぐる陰謀劇の理解に脳を集中させながら同時に、個々のワンカットがレンブラントの絵画を模したような複雑緻密な映像に2時間半近く眼を集中させる必要があったからで、内容的にはそれなりに面白かった。(しかし眼を酷使したためか眼精疲労気味だ)

レンブラントの代表作「夜警」にこめられた画家の告発をグリーナウェイが独自の視点で解釈したもので、どこまでが美術史的に根拠がありどこまでが監督の憶測かは分からないが、有名絵画の裏に隠された真相を暴くミステリ風のアプローチはなかなか楽しめる(もう少し陰謀の解明を分かりやすくしてくれるとよかったが)。

演劇仕立てのつくりも巧い。ただ役者のイングリッシュアクセントが強すぎてオランダっぽさがない。現代口語を入れるのに反対はしないがFワード使いすぎな気もする。

疲れる作品だが、美術好きならとりあえず押さえておいて損はない。
レンブラントもグリーナウェイも興味なければスルーでOKな作品です。


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2008年09月23日

潜水服は蝶の夢を見る

脳卒中で倒れ、左目以外の全身が麻痺する「ロックトイン・シンドローム」にかかった雑誌ELLEの編集長ジャン・ドミニク・ボビー(ジャン・ドゥー)を描いた作品。

しゃべれないジャン・ドゥーの頭の中のモノローグを聞きながら、彼の左目に映し出される現実世界や現実逃避としての想像力と記憶の世界を見ることで物語がつづられるという着想がすばらしい。あるとき突然こうした不幸に襲われたときの絶望感、愛する家族に触れることのできないもどかしさ、食と性欲その他あらゆる欲求の充足を奪われた喪失感、言語療法士と協力してまばたきによりアルファベット1文字ずつ言葉を伝えていく困難さ、といったものを痛いぐらいに体感することができる。

簡単な言葉をまばたきで伝えるだけでも途方もない苦労だが、一冊の本を仕上げるというタフな精神にはただ感嘆するしかない。
そしてその本の出版10日後に帰らぬ人になったという事実を知ると、はかなさを感じると同時に他人ごとながら悔しさがこみあげてくる。たとえ左目しか動かない人生だろうとまだまだ生きたかったはずだ、と。

J.シュナーベルの作品は「バスキア」も「夜になる前に」も見てるけどこの作品は一番のお気に入りになったな。自分が将来事故や病気で同じような目に遭ったらまっさきに観返したい映画かもしれない。


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2008年09月21日

4ヶ月、3週と2日

共産政権時代のルーマニアで、女子大生オティリアが妊娠した友達のために違法である堕胎の手助けをする話。監督はクリスティアン・ムンジウという人。

妊娠した友達ガビツァの方はかなり頭悪そうな女で、ガビツァのついた嘘のせいで散々な目に合わされるオティリアの鬱屈感がねっとりと伝わってくるかなり不快指数の高い映画だった。
堕胎の医者(?)のくだりも気がめいるが、悲惨なことの連続で一人になりたいのに無理やり彼氏の家で母親のバースデーを祝わされるシーンの絶望感はひたすら重い。彼氏もオティリアがなぜ不機嫌なのか分からず暗い顔をしたまま(よくちびまるこちゃんで永沢くんと藤木くんの目の下に影ができてどーんとなるシーンがあるが、あれそっくり)、周囲の親戚一同が馬鹿話をするのを延々とノーカット演出で見せるからたまらない。

医者のナイフを盗んで結局使わなかったのはよく分からなかったが、使わせないことでまたフラストレーションを高める絶妙の効果を挙げている。瞬間的に殺意は沸いたが、それ以上に友達の嘘やそれを信じた自分に腹が立ち何に怒りをぶつければいいか分からなくなったオティリアの複雑な心境がよく象徴されているように思う。

というわけで不快だけどよくできた映画でしたね。不快を感じるが最後まで見ずにいられない作品リストを作りたくなってきたな。


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2008年09月07日

夜よ、こんにちは

舞台は1978年。「赤い旅団」による当時の伊首相モロの誘拐監禁から暗殺までを一人の女性メンバーの視点から見た作品。

革命の理念と、現実に人を殺める罪悪感の間で揺れる女主人公キアラの描写はうまい。一方でスターリンやロシア革命と思われる映像で赤い旅団の革命感への投影を表し、他方で、殺される直前にモロが家族や法王へ宛てた手紙に涙する。かつての反ファシスト闘士らしき親戚との食事、バスに乗り込んでくるスト労働者、キアラが司書をつとめる図書館で会う脚本家の青年、、という現実の民衆に触れることで心が揺らぎながらも仲間と自分が信じる理念を裏切れず涙を流すこのシーンは印象的だ。

一見ちぐはぐなピンク・フロイドの楽曲の使い方も面白いが、どうせなら"Shine On Your Crazy Diamond"の歌いだしまでやってほしかったかな。


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2008年08月31日

素粒子

ドイツ映画は久しぶりな気がするが、この「素粒子」が描くようなぶっ壊れたドイツ人はあまり映画でお眼にかかったことがないかも。

研究一筋の科学者ミヒャエル(童貞)と頭の中にはエロイ妄想しかないだめな兄貴ブルーノを描いた作品。ブルーノは大学教授らしいのだが、かっこつけた文学講釈の裏では、女生徒の書いた作文と顔写真のセットをズリネタにしているとんでもないやつ。女生徒が自分に色目を使ってると思い、放課後にいきなりブツをさらけだすが軽蔑の眼差しで見られ、そのショックで精神が崩壊しかける。ブクブクの妻には性欲が沸かず、愛想を尽かされ離婚したのを機にエロエロ三昧に耽ろうとヌーディスト・ビーチにLET'S GO。。。という、ドイツ人のイメージを派手に裏切ってくれるどスケベ中年だ。

ヌーディスト・ビーチ(というか、ヌーディスト・キャンプかな)でのシーンはかなりエロく、もう少しほしかった。しかし官能に浸る世界はいつか必ず終わる、ということを言わんばかりに観ている者もブルーノも突如投げ出され、最後の方はかなり残酷な現実が待っている。予想できる展開だったが、自分がブルーノの立場に立たされたらどう決断するだろうか、、となかなか心にずっしりと響く自問を投げさせてくれるラストだった。あの電話のワンギリの演出はよい。

それにしてもこの作品に出てくるドイツ女たちはなかなかレベルが高い。精神科の女医の人とかもかなりのおばさんだと思うが不思議な色気がある。クリスティーネ役の人も調べたら45ぐらいなのにおっぱい全開であのオージー・シーン。

エロくて残酷で、最後はちょっと泣けるなかなかの一作だった。



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2008年06月01日

「タイム・オブ・ザ・ウルフ」

またミヒャエル・ハネケの作品を見る。

これまた最初から最後まで陰鬱の一言に尽きる作品だった。
詳しい背景は語られないが、水質汚染と食糧不足のカタストロフに見舞われたヨーロッパの田舎で、夫を殺された妻(イザベル・ユペール)と娘・息子が放浪する。同じように行き場のない難民たちが線路脇の掘建て小屋に集い、いつか列車がきて彼らを絶望の地から連れ去ってくれるとはかない希望を抱く。

この掘建て小屋での難民の生活の描写が、ハネケ独特の暗く、緊張感に満ちた視点に満ちている。物語的に面白いことがおきるようなエンターテインメント要素は皆無で、見ている間はひたすら登場人物たちの殺伐とした心理の綾や憎悪の只中にさらされてるような不快感だけがある。しかし、人間の汚い部分だけを好んで描きたがるだけの厭世的な作品というわけでもなく、途中で出てくるレイシスト男がラスト近くで自殺を図ろうとする少年を慰めたりと、シロとクロで割り切れない複雑な人間描写がハネケらしい。

基本的に余計なカットは入れず、オフスクリーンで語りたがる監督なのだが、それだけに突然レイプシーンとか馬を殺すシーンがくると衝撃が大きい。短いワンカットながら背筋にぞわっとくる恐怖がある(馬を殺すのは基本、賛成できないが)。

イザベル・ユペールも狂気と紙一重の状態にいる妻をよく演じているが、娘のエヴァ役が非常に印象的だった。


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2008年05月08日

隠された記憶

ハネケの作品をちゃんと見てみようと思ってたら、タイミングよくBSで「隠された記憶」をやっていた。

自分たちの住まいを撮影したビデオテープが夫婦のもとに届けられる。。というプロットに、「ロストハイウェイ」のぱくりかよ、というつっこみよりはむしろ、このご時勢いまだにカセットテープかよ、という思いを強く感じた冒頭だったが、そんなどうでもいいつっこみもすぐに忘れてしまう内容の濃さだった。

残忍なシーンが何度もあるわけではないのにやたら濃密なテンション。というか、あの鶏のアレとアルジェリア親父のアレと、キラーな描写を2発に抑え、あとはあえて暴力シーンを過剰に乱用せずひたすら静謐なカットに終始することで、通常のシーンでもあれだけ張り詰めた空気を出すことに成功していると思う。こういう空気の演出というのは映画芸術ならでは。

事件の真相についてはウェブで調べるといろいろ推論・議論が出てくるのであえてふれないが、ここここが参考になった。
私自身は最後の一見何の変哲もないカットに何が写ってるか分からなかったので、へぇーって感じ。
ただ、犯人はこいつ(ら)かと大体納得したとしても妙な後味の悪さが起こる。それは主人公の嘘をつくやましさによって再構築された視点からフィルタリングされた事件を見ているがために、提示されたままのことが真相だと割り切れない残余感が最後まで消えないことによる。このへんの気持ち悪さを感じさせる件をひとつ。アルジェ親父のアレだけは、主人公以外の人物にビデオとして届けられない。これは、かなり主人公のファンタズム的な解釈につながるヒントになりうるかも。

ストーカー的な事件を題材にした映画はくさるほどあるが、たいていの場合単なる幼稚なフリークス趣味に終わることが多い中、この作品はそうした事件の裏に潜む心理の綾を複雑緻密に描いていて、単なるサイコスリラーで終わらせず、鑑賞を終えた後でも観客に問題を突きつけ続ける異様な力がある。

「ピアニスト」「ファニー・ゲーム」と見たが、いまのところこれが一番好きかも。映画は最近興味薄れつつあるのですが、再びシネフィル道へ揺り戻してくれる契機を与えてくれそうなクオリティの高い作品でした。



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2008年01月05日

ボルベール<帰郷>

相変わらずペドロ・アルモドヴァルの作品ははずれがない。

彼の作品に出てくる多くの女性は、これでもかというぐらいの不幸に見舞われ崖っぷちにいるんだけど、アルモドヴァルは決して悲劇的なトーンに落として涙を誘うことはせず、逆に不幸を再出発の契機にして自分の人生を見つめなおそうとする女性の強さをユーモアたっぷりに描く。女性への優しい眼差しと希望にあふれた独特なフェミニズムは、他の誰の作品を見ても味わえない。

そんなアルモドヴァル映画の典型的なヒロイン像にふさわしいライムンダを演じるペネロペ・クルスもかなりの好演だけど、母親役のカルメン・マウラがまたすばらしい。こんなかあちゃんがいたらいいなと思わせるほど、芯の強い女を演じている。しかし、物語の後半近くまで、こんなリアルな幽霊って。。と狐につままれた感じだったけど、、私みたいに勘が鈍いとこの手の伏線がつまった映画を最後までスポイルせずに楽しめるからいい。

「オール・アバウト・マイ・マザー」、「トーク・トゥ・ハー」、「バッド・エデュケーション」と全部好きだけど、あえて1本選べと言われたらこの「ボルベール」を推すな。




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2006年07月08日

アワー・ミュージック(2004,フランス)

ダンテを下敷きにしながらも、ゴダールのいつもの換骨奪胎の手法でまったく新しい作品に仕上がっている現代の「神曲」だ。

「地獄編」の10分に渡る戦争映像フッテージの静謐さは、爆撃音だらけのハリウッドの戦争大作が伝える騒々しいだけのフィクションの対極にある。

「煉獄編」では、文字通り天国と地獄の間をさまよう魂の苦悩が描かれる。女主人公オルガが抱える自殺という命題と、映画学校に講演にきたゴダールの言葉が語る民族浄化の罪。サラエボにもヒロシマにも見える1865年のリッチモンドの写真を学生たちに見せながら彼が語る、勝者によってつくられる歴史と敗者によってつくられるドキュメンタリーについての思想と、そこから導きだされる「映画は私たちの闇を照らす光である」というテーゼには、近年のゴダール作品の総決算的なエッセンスが凝縮されている。

最後の「天国編」では、オルガが死後踏み入れる天国の入り口がアメリカ兵によって警備されているというゴダール以外に誰も考えつくことのできないユーモアで意表をつかれる。

「フォーエバー・モーツァルト」以後のゴダール作品を見てなかったけど、相変わらず衰えてない。「天国編」のパンとか、廃屋っぽいところで白人の物書きの前に現れるインディアンのシーンとか、すごい。彼が一見無造作にちりばめる文学、政治、哲学思想、音楽の引用的要素も、彼の映画という建築を構成する煉瓦のように自然かつ有機的に機能していて、ただの知的ペダンには100年かかっても真似できない達観したレベルに到達してるように思う。こうした孤高な高貴さを備えた映画を見ると、普段見てる商業映画の数々がどうでもよくなり記憶の彼方に吹き飛ばされてしまいますね(まあ、結局好きだから見るけど)。

出演はナード・デュー、サラ・アドラー等。

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2006年06月25日

ライフ・イズ・ミラクル(2004,セルビア・モンテネグロ)

久しぶりに素晴らしいの一言に尽きる映画を観た。

監督は「アンダーグラウンド」のエミール・クストリッツァ。舞台は、1992年に始まるボスニア紛争の暗雲立ちこめる小さな村。主人公は鉄道マニアのセルビア人ルカという技師で、息子のミロシュはベオグラードでサッカー選手になる夢をもち、その夢が叶いかけたところで徴兵により内戦に駆り出される。オペラ歌手の妻ヤドランカは息子の徴兵にショックを受け、ハンガリー人の音楽家と逃げてしまう。悲嘆に暮れるルカに追い打ちをかけるように、ミロシュが捕虜にされたという知らせ。息子を取り戻したいがなす術のないでいるところへ、ミロシュの友人が捕虜としてムスリムの女性サバーハを連れてくる。サバーハをミロシュと交換する計画のはずが、彼女に恋してしまい、戦火の中を二人で逃げることを決意する。

かなりヘビーなテーマながら、クストリッツァならではの独特のユーモアセンスでかなり洒脱なコメディに仕上がっている。コメディなんだけど、決して戦争に皮肉な視線を投げるのでなく、物語の細部から内戦の悲劇的なリアリティが伝わってくるすごい映画だ。

セルビア・モンテネグロ、ワールドカップではアルゼンチンに6-0の救いがたいぼろ負けだったが、こうした映画をつくれる監督がいることはまったく素晴らしい。

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2006年02月18日

ルー・サロメ(1977,イタリア)

大昔に「愛の嵐」を見た時、単なるヴィスコンティの亜流じゃんとか思って、それきりリリアナ・カヴァーニの映画は見てないが、某映画館でかかっている「ルー・サロメ」で久しぶりにこの人(女流?名前から判断するにそうだよね)の作品にご対面だ。
もしかしたら昔の自分の感性が未熟で理解できてなかっただけで、実は優れた作品を撮る監督なのかも、と一抹の期待をもって見てみたが、当時の自分の印象の正しさを再確認する結果となった。これはクソだぜ。

時は19世紀。フリードリヒ・ニーチェと弟子のパウル、そして二人をたぶらかす娼婦的なロシア娘ルー・サロメ(ドミニク・サンダ)の性的に退廃した共同生活を描く、という、いかにもヴィスコンティの亜流な設定なんだけど、ヴィスコンティのオーセンティックなデカダンスからはかけ離れた最初の弛緩しきった数カットで、金払って見る価値がゼロなことに気づいた。映像も駄目なら、ストーリーも昼ドラ並みの時代遅れ(まあ古い映画だからしょうがないけど、当時の水準からみても古くさいと思う)な展開で、2時間があまりにつらかった。

何より気に入らないのは、ニーチェの言葉というよりニーチェについての通俗的な解釈に出て来がちな言葉を切り貼りしてニーチェの人物像を固めようとしてる浅薄さがあまりに見え透いてて、こいつ絶対まともにニーチェ読んだことないだろよ、とほとんど瞬間的に見抜くことができる。こうした2流監督の手にかかるとニーチェもイタリア中で見かけそうなただの脂ぎった好色なオヤジにしか見えず、私がニーチェ信者なら途中で「こんなニーチェは嫌だ!」とたまらず退館してたと思われる。

大体ニーチェの発狂も、さもサロメに見限られた上の孤独によるものというようにふざけた解釈をしていて、ニーチェが見たら「人間的な、あまりに人間的な!」とこきおろすこと間違いない。
パウルの殺しのシーンとかもかなりヴィスコンティを意識してるのが分かるんだけど、クソだ。
あー、ドミニク・サンダ好きだったのにこの映画見てから急速に冷めてしまったよ。

あとは、どうでもいいことだが、ノーカット上映だけあってチ○コのオンパレードでした。最初は、わー、チ○コ見えてらぁと心の中ではしゃいでたんだが、ラスト近くで発狂するニーチェの幻覚の中で二人の青年がチ○コ全開で踊るシーンあたりになるとさすがに気持ち悪くなってきて、なんで金払ってチ○コばっか見せられなきゃならんんのだ、と真剣に腹が立ってきた。

そんなわけで、「愛の嵐」と一緒に記憶の彼方に葬り去りたい映画になったね。
posted by onion_slice at 20:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ

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